最新整理日语综合教程第五册课后练习翻译题答案和部分本文翻译.docx

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最新整理日语综合教程第五册课后练习翻译题答案和部分本文翻译

第一课

如果无故旷工长达一个月的话 一ヶ月ぐらい無断欠勤とすると、現在の社会の状況からみて、おそらく復職したいことが難しいだろう。

虽说中了彩票,但只不过 宝くじが当たったといっても、六等の3000円でしかないので、飛び上がって喜ぶほどのことはない。

在日逗留期间,我无论如何 私は日本滞在中、何としても日本一美しいと言われる富士山を見てみたい。

轮船犹如一叶扁舟 あらしの中で汽船はさながら小船のように舞い狂い、今にも転覆しそうで、心配でならない.

我光是抚养妻子儿女 妻子を扶養してもう精一杯だけでも、そんな奢侈なものを買って経済能力がない。

我从小由外婆一手带大 子供からお祖母さんに手に掛けてくれたので、両親としっくり行ってなかった、このこと通して、両親の不易がありがたい。

尽管我们父子俩相处了30年も私たち親子が一緒に暮らして30年けれども、父と一度たりとも心行くまで話し合ったことがない。

爷爷受不了空前的炎热 朝早々、爺さんが空前の暑さが応えないで、気が遠くなってしまった。

みんながあわてて病院に運んだ。

妹妹结婚后一直没有孩子 妹は結婚してずっと子供に恵まれなかったが、やっと去年妊娠した。

高齢出産の妹が無事に出産することを願ってやまない。

.

那地方很安静 あの辺が静かで、空気もいいし、買い物や交通も便利なので、老人には住み心地のいいところだと思う。

第二課

考上高中以后僕は高校に入ってから、音楽活動に努めるかたわら、陸上部に入ってスポーツにも力を入れ、日々充実した生活を送っている。

他把她的来信彼女からの手紙を燃やしつくすと、彼は静かにこの町を後に立ち去って行った。

精心策划了二ケ月もかかって、練りに練った陰謀も自分の妻の告白であっけなく失敗に終わった。

那个村庄有一对ある村に老夫婦がいて、一人娘をはなはだ可愛がっていたが、その娘は十五六歳で病で死んでしまった。

以来ずっと老夫婦は朝から晩まで悲しみに暮れ、もう目も当てられぬ有様だった。

船上广播说台風の進路からは脱することができたというアナウンスに船客一同は胸に撫で下ろした。

他拼命地赶写彼は十ケ月もの間ひた書きに書いて、とうとう十万字にのぼる論文を書き上げた。

あとは答弁をまつだけである。

老师认为我先生は私のことを頭の悪い子だと思ってあきらめているらしく、休み放題に休みませてくれる。

今天早上我朝わざわざ早く家を出たが、道が急ぐあまり、途中道を間違えたりして、結局やはり遅刻してしまった。

如今连小孩子今では子供でも分かる雷の現象を、昔の人々は神様の仕業としていたのだ。

人和人之间お互いに伝え会おうという気持ちが何一つなかったら、真のコミュニケーションは成立しない。

もちろん、友情と信頼に満ちた関係も築けるはずはない。

第三課

所谓爱国心愛国心とは外敵の侵入から国を守ることだけではない、ゴミを勝手に捨てず、町をきれいにすることだって、平和時代の愛国心の一つだと思う。

她违背诺言彼女が約束を破って中を見てしまったのは好奇心以外の何物でもない。

大騒ぎするほどのことはない。

由于参加人数説明会は参加者が集まらなかったため、中止を余儀なくさてた。

われわれとしては残念に思うしかない。

 

我本来就知道この子がもらい子だとはもとより承知している。

20年も経った今では、何も騒ぐことはないじゃないか。

我不太喜欢私はあまりテレビが好きではない。

そしてそれを見る暇もないのだ。

たまに見るとしてもニュースを見るぐらいである。

由于发明了コンピューターという機械が発明されたがゆえに、短時間に複雑な計算でもできるようになった。

しかし,私はかえって以前よりも忙しいなったような気がする。

真没出息好きな女の子と話すどころか、相手の顔を見ることすらできない彼は本当に意気地がない。

生活在舒适环境快適な生活環境に生きる人間は、はたして心身共に健康なのだろうか。

那种只有一小一握りの権力者のみが得をするような政治では、前途に明るさは見えず。

国民をがっかりさせるだけである。

这只猫已经この猫はもう十年も飼っているので、ペットというより家族の一員である。

しかし、これは人間の一方的な考えで、ペット自身は必ずしもそうは思わないだろう。

第四課

这是不是值得これは自分の一生をすべてかけるに足る仕事かどうか、よく考えてから決めなさい。

两个人合骑一辆自転車の二人乗りは危険まりない行為である。

早く振りなさい。

看到竞争激烈的競争の激しい現代社会を見、見通しが立たない将来に思いを馳せると、一抹のむなしさを感じる。

思うに仕事は生活のための手段だけでなく、自分の精神を託すところでもある。

だから絶対に自分の仕事を失ってはいけないと考える。

像“小道消息”「うわさ」というものは、いい加減に聞いておかないと、自分までそれに引き込まれてしまう。

我们公司从うちの会社は去年からコンピューターによる大量の文書を管理することで人件費を削減し、コストダウンを図っている。

这是他去年これは彼が去年の夏休みから計画していた旅行なので、(彼が)来ないわけがないと思う。

尽管感染期感染期の山を越えたにせよ、もうしばらくマスクをつけて出掛けてほしい。

如果是以前的歌曲昔の歌ならともかく、今の流行歌なんか全然習っていないので、だめなんだよ。

无论战乱如何いかに戦乱であろうと、国宝を壊したり、盗んだりするのは不法行為である。

第五課

上星期去吃了先週四川料理を食べたが、その辛さ加減はわたしの想像以上のものだった。

因为负了巨额膨大な借金を抱えているので、返しても返しても元本は一向に減らない。

父母留下的财产親の財産なんかみな欲張りの兄に取られて、僕はお椀一つもらっていない。

让我儿子去息子をあの大手の会社に就職させてくれるとは願ったり叶ったりの話です。

我试着说了刚僕は覚えた手の言葉を使ってみたが、ちゃんと通じたので、大変うれしかった。

坐MK去机场MKを利用して空港に行く場合は手荷物はいくる持ってもかまわないが、一個につき500円かかるので、リムジンバスよりずっと高くなる。

因为一周以来もう一週間以上昼も夜もなく働いたので、今日はやたら血圧が高い。

血圧を下げる薬を飲んだが、全く効果はなかった。

因为看恐怖电影スリラー映画を見たため、お祖父さんは心臓発作で緊急入院した。

それからというもの、お祖父さんは二度と怖い映画を見ないことにした。

做母亲的眼看子供が苦労する姿を見るときの母親のつらさといったら、子どもに換わってやれるものなら、死んでも換わってやりたいというくらいのものだ。

把人家伤得人にあんな大怪我をさせといて、謝るならまだしも、ごめんなさいの一言もないなんて、それではだめだ。

第六課

父亲病倒在床上病床にいる父がふかふかの肉饅頭を食べたいというので、私は病院を出て、周りを探した、すると、街角に一軒の小さな饅頭屋を見つけた。

他们越是说我教師に向かないと言われたら余計にやりたくなり、結局、その仕事を一生続けてきて、しかも立派にやってきたのだ。

我的脚在平地上私の足は平たいところを歩く分には、別に痛くないが、段階の昇り降りはすごく痛みを感じる。

现代都市生活現代の都会生活は大変便利でいいが、地震などと来た日には、たちまちパニック状態に陥るだろう。

机场里,那些飛行場で心を躍らせながら首を長くしてわが子の帰りを待つ親の姿はとても印象的だった。

我认为无论是男の子であれ女の子であれ、立派に成長して、将来自分の後継ぎになってくれれば、それでありがたいと考えている。

虽说宴会上有パーティーにはいろいろなお酒が出たが、あんな強いお酒はとても私たち女性に飲めたのもではない。

从她的态度来看彼女の態度からみれば、私たちを断るのではなく、むしろ、考慮してくれるとの様子が伺えた。

家里有人做饭家に誰か食事を作ってくれる人がいるに越したことはないが、いなくても毎度ちゃんと食事をとらなければならないのだ。

一般人们都说自然美がいいとされているが、あの国の人工美も大変素晴らしいと思う。

このような人工美にも目を向けるべきだ。

第七課

昨晚在久违的昨夜は久しぶりのクラス会で盛り上がり、つい調子に乗って飲みすぎた。

今朝はどうも二日酔いのようだ。

我想他落榜了落第した彼は肩を落としているだろうと思ったら、結構いい調子でカラオケを楽しんでいる様子だった。

本当に笑うに笑えず泣くに泣けなかった。

为了寻找行方不明になった子を探し出すために、彼は二ケ月かかって、辛抱強くその辺りの人家を一軒一軒訪れてみた。

我们是唯物われわれは唯物論者で、幽霊など信じないのだ。

この世の中に幽霊などいてたまるものか。

这可是你的お前の息子が悪いことをしているよ。

それでも体を張ってかばってやるのか。

結果をよく考えてくれ。

世界上有比没有この世の中に悩みなしの生活より贅沢なものはあるだろうか。

あまり高望みをしてはだめよ。

作为一个男人酒も文章も、男としては腰を据えて真剣に取り組まねばならぬ点では同じである。

いわゆる両雄並び立たずである。

反正是没有しょせん助からない命だから、食べたい物を食べさせ、行きたいところには行かせたほうがいいかもしれない。

他失去了以往私はかたわらで、誠実さをなくした彼のこの芝居じみた動作を見ながら、いつからこんなふうに変わったのかと思った。

那里沿着湖边湖ぞいに柳があり、夏には多くの老人は木の下で夕涼みをしながら、トタンブをしたり、将棋をさしたりする。

第八課

年轻的母亲出稼ぎ先で亡くなった父親のことを幼い子供にいつ告げたものかと若い母親はもう一ケ月も悩んでいる。

一看就知道社長は見るからに不機嫌で、こんな日にちょっとでもミスしようものなら、ひどい目にあうよ。

你能不能停止君、その机の下でカタカタと足を鳴らすのを止めてくれないか。

耳に立って勉強に集中できないよ。

过了5月中旬五月の中旬を過ぎると、キャンパスに咲いているつつじの花もピンクの赤さが心持増していた。

在国外生活外国生活ではいやおうなしにその国の言葉を覚え、その国の文化を理解し、その社会に溶け込むべきである。

それができて初めて最大の留学効果が得られる。

的确,你还这么確かに、君はまだ若いのに大成功を収めた。

しかし、君がここまで来れたのは親の援助があってのことだということを忘れてはいけない。

幸好讨厌的上司いやな上司が今度定年退職になったからいいようなものの、さもなければ、私の方がこの会社を辞めるしかなかった。

本当に運が良かった。

那里是一片草丛あそこは一面の薮で、木々の梢の間から朽ちかかった家の屋根などが見え、荒れ果てて誰一人住んでいない。

临出门时我去出がけに佐藤を誘うと、あまり行く気のない彼は買ったばかりのギターを未練がましくいじっていた。

像她这种情况彼女の場合は能力というよりも、時代の流れに身を任せた結果が今の成功に結びついている、といえるかもしれないね。

第九課

并不是说由父母应酬了親が挨拶をしたからと言って本人は何もいわなくていい、と言うことではない。

本人の感謝と親の挨拶はおのずから問題が別だ。

她像是在说他的坏话 彼女は彼の悪口を言っているような行っていないような、とても上手な言い方をしている。

私は感心せずにはいられない。

从这封给父母亲的信中 この親宛ての手紙に見るように、親のけんかは子供にとってどんなに怖いものが分かっただろう。

如今对孩子的抚养 今では子供を育ってるとは、子供が健康的に成長し、大学を卒業し、就職すれば終わる、と言うわけではない。

终于,老人停止了 とうとう老人が息を引き取った、あたかもその瞬間を知っていたかように彼が可愛がっていた小鳥が籠の中で大暴れをした。

家里人都极力反对 家族の人はみな反対だが、当の本人はどうしてもこの仕事をやってみたいとがんばって走り回っている。

工作固然重要 仕事が大事だが、仕事のためにあえて自分の健康を損なってでもやろうとは考えない。

不管怎么说,不试用一下 何はともあれ、使ってみないと製品のよさもわからないじゃないか。

使い出したら、手放せなくなるかもしれないよ。

就我个人的经验而言 私個人の経験からすれば、少々高くてもやはりバストイレつきのところに入ったほうが安全だと思う。

由于战争 戦争のため、この子を除いてこの村にはもう男はいない。

第十課

同样的东西,使用方法 同じものでも使いようによっては長持ちする。

だから、これは品質の問題ではなく、使い方が悪いのだ。

我把每天必须要干的事 私は毎日やらなければならないことは全部メモしておく。

さもなければ忘れてしまう。

本当に年は争えないものだ。

医生把最有效果的 最も効果が期待できると思われる新薬で持って治療に当たったがいい結果は見られなく残念だ。

我觉得你和他之间还 君と彼とにはまだかなりの差があるように思うだから、今はこっちから仕掛けたりせず、そのままでいるほうがいい。

我也知道这药很苦 この薬が苦いとは知っているが、しかし、一度自分の舌で舐めてからでなくてはこの薬の苦さは分からない。

虽然由于战争的原因 戦争で国民経済は極端に駄目になっているにもかかわらず、彼らは困難の中でどうやらこの計画を完成までこぎつけた。

如此温暖的地方有时 こんな温かい地にも時としては雪が降ることさえある。

おかしくないだろう。

那时候一旦小说到手 この頃には、小説はめったに手に入らないので、いったん入ると一日に500ページもの速度で読んでしまわないと、次に本は回してくれないことになっていたのだ。

你们要是没做太不讲 よほど理不尽なことをしない限り、彼は上司に訴えるようなことは決してしないと思う。

君たちはきっと何かひどいことをやったのだろう。

虽说是小孩子,可 子供と言えども、意見が正しければ、やはり真面目に耳を傾けるべきだ。

大人が彼らの意見に耳を傾けることは、彼らにとって大きな励みになるから。

第十一課

父母目不转睛地 父母は脇目も振らず、子供たちの試合をはらはらしながら見ている。

試合に出ている子供たち本人よりも緊張しているようだ。

据说当时很多人 当時は戦地の様子を写したニュース映画に、もしかしたら。

肉親の姿を見ることができてはないかと、映画館に通す人が多く、映画館はいつも満員だったと言う。

如果厕所和浴室 トイレとお風呂が共用であれば、家賃は安くなる、トイレとお風呂付の部屋だったら、あなたの予算は足りないだろう。

如果他出来参加 彼が出馬するとなると、今度大統領選挙の局面が大きく変わるだろうと思う。

那个国家依然 あの国は依然として封建的で、女性はスカーフ状のものですっぽりと頭を覆い、目ばかり覗かしている。

绝不要泄气 挫けないで、これは長い人生における小さな挫折でしかないのだから。

看来这个国家的 この国の国民生活レベルがかなりアップされたと見えて、自家用車を運転する人が大部多くなった。

说这件事一定 これは不可能と決めるのは早計だろう。

ほかに可能性を見つけようよ。

不要以为自己有 運転技術がうまいなんで思わないでください。

必ず交通ルールを守ること。

交通事故を起こしてからじゃ間に合わないんだから。

列车沿着山脉 汽車は山脈づたいに走る車窓の片方は広い草原が続き、それは半日を費やしてもまだ同じ景色が続き、自然の広さを実感させられた。

第十二課

只要稍微不看着他 ちょっとでも目をはなすとすぐ何事かを引き起こす。

あのばか者にはやりきれないなあ。

爷爷一直工作到 お祖父さんは70歳まで働いて辛うじて一部屋を買えるほどのお金を貯めた、気の毒と思う。

到了秋天 秋に入って、思い出したように時雨画降り出す天気が続くと、いやな気分になる。

哪怕是一粒米 たとえ、一粒の米と言えども、無駄にしてはいけないという考え方を身につけさせるべきだと思う。

他是那么喜欢看 あれほど読書が好きだった彼なのに、あの大病以来、とんと本を読まなくなったようだ。

本当に惜しい。

妹妹身材高大 何もそのためにわざわざ大柄に育ってたわけではないが、身体が大きくて骨組も太い妹に小柄間母親を背負わせるにはちょうどいい。

那位先生在美国 あの先生はアメリカで30年以上生活してきた。

かといって彼の書いた英語の文章にまったく間違いがないとは必ずしもいえない。

他原是一个 彼はもともと悪事を働きつくした罪人であったが、牢屋を出てから韓お婆さんの教育で今ではちょっと名のある芸術家に生まれ変わった。

这个集会总是 その集会では、決まって人のうわさが話題にとる。

みんなもう大人なんだから、もっと建設的な意見を出したほうがよいと思うのに。

她的连衣裙太美了 彼女のワンピースが素敵。

特にあの藍色がかった生地はすごくきれいだった。

実は私も前からこのような生地がほしかったが、なかなか見つからない。

 

大海中有妈妈

如果说喜欢大山是继承了父亲的血统,那么爱好大海一定是从母亲那里传承下来的。

那是战争结束后不久,恰好经过不忍池附近时,妈妈会在池塘边深深蹲下,两眼死死地盯着水面。

假如我喊她,她的脸上似乎显得很难为情,站了起来,笑着说:

“想看一会儿海呀!

当时,因为住在东大附近,去买东西时就顺便在不忍池休息一下,不可思议的是,我一直没有忘记那时妈妈说的话。

小学六年级的暑假,我曾去母亲的故乡,鹿儿岛上一个边远的渔村住了一个月。

外公个子高高的,非常强壮,一直在那里行医。

距家大约五十米处便是大海,从那景色秀丽的海滨,看得见樱岛和开闻火山。

母亲说想看大海,我想也许就是那故乡的海滨吧。

如是在今天,去鹿儿岛用不了两个小时,而在那时,那里是一个遥远的地方,需要坐夜间火车和联运船才能到。

在思乡之情的驱使下,似乎妈妈那种举动是理所当然的。

虽说喜欢大海,但尽情与大海亲密相处也只有在那个暑假,后来仅达到了从学校去洗海水浴的程度。

也许是因为与海隔绝的状态,反而激发起我对大海的憧憬吧。

大学毕业的那年,不知为什么,想要寻找与大海有关系的职业,便去打听能不能在日本邮船公司工作。

出来接待我的人事课长非常遗憾地说:

“本公司与其他公司一样,对文学出身的大学生,一概不受。

”我将船公司误认为全体职员都在船上工作了。

尽管如此,希望乘船,我对大海的痴情却有增无减。

幸运的是,我即将去法国,根据指示,留学生将乘船前往。

去马赛有三十三天的航程——想到这个,我高兴得几乎要晕过去,可是其他留学生们不知为什么对这样耗费时间的旅行却一脸的不高兴。

我为了一个人尽情玩味航海的喜悦,选择了四等舱的铺位,那是季节工人用的船舱,留学生从不靠近,不但如此,因为在船底,靠近大海,舷窗外蓝色的波涛近在咫尺,汹涌起伏。

海上起风浪时,船员将蒙上铁皮的舷窗关死。

所谓床位,是用铁管制成的两层架子上绑上帆布,室内什么装饰也没有,简直像牢狱一样。

但是,文明的舒适环境,常常隔断了我们与大自然的直接接触。

如果说红海是炙热的话,我们所在的船底超过了四十度,而甲板上是火一样的酷暑。

不用说,一、二等舱是优雅的,有冷气的房间。

这就是康拉德所描写的热带海洋,是像粗暴的野兽一样的不可接触的实体。

如果不是在那无比强烈的、光着膀子就马上会被烫伤的太阳底下,就无法体会到红海那令人眼昏目眩的宏伟景象。

早上,我被甲板上强烈的海风吹着,喝着大杯的咖啡,感到很满足。

在中国人,马来西亚人,印度尼西亚人,越南人的嘈杂声中,我躺在甲板上读着海明威的书,开心得不得了。

我站在船首迎着海风,觉得自己简直就像大航海时代的冒险家。

东印度支那海那冷酷无情的蓝色海浪,婆罗洲海那漂浮着水母的,淡绿色的,粘乎乎的波涛,印度洋那壮丽的落日底下荡漾着金色的碎波,还有地中海那带着可怕神情的蓝黑色的浪涛——不管我走到哪里,每时每刻都在震撼着我的灵魂,无法逃脱。

从早到晚,我都站在船舷边,一刻不定地注视着那蔚蓝,广阔的大海。

我认为,人们只要长久呆在所爱的东西旁边,只要它存在就会感到幸福。

人们感到无聊,是因为失去了一味宠爱的东西吧。

在这次航海期间,我觉得自己见识了自然的美丽,同时学到了如何度过人生的方法。

从那以后,三十年过去了。

现在,当我眷恋大海的时候,就读起令人怀念的三好达治的诗。

“大海啊,在我们使用的文字中,在您之中有妈妈。

然而妈妈啊,在法国人的语言中,在您之中有海洋。

”(法语中母亲是mere、海洋是mer)

 

日常的思想

关于闲暇应该怎么看?

用哲学的考察来回答这个问题,是报社交给我的一个课题。

闲暇问题将逐渐变成我们社会的重要问题,这是因为随着科学技术的发展,生产力的提高,人们劳动时间的缩短,不管是资本主义国家还是社会主义国家,都正在采用科学技术,这是现代文明所追寻的必然方向。

不用说这是一件大好事,因为对人类来说,没有什么比让自己从衣食之忧中解放出来,拥有自由的时间更为理想的了。

从前,自由时间对人类来说堪称奢侈之物,除此之外它什么也不是。

这是因为,当人类的大多数为了维持生存而不得不从事劳动时,那些无须从事这样劳动的人便因此而背负了罪名。

因此,从事自由的精神工作的宗教家,只能自我断绝了对物质的欲望与性欲。

也就是说,他们为了自由的精神生活而付出了禁欲的代价。

在这里,闲暇完全是少数佼佼者才可能被允许的特权。

我认为,人类原本一直生存在这种以劳动为中心的价值观中,尤其是这样的价值观为近代西方文明所强力推崇,而日本人则是在明治维新之后,才彻底拥有这样的价值观。

在德川时代,对既劳动也玩乐的价值观,也曾有过予以肯定评价的观点。

 但自从明治维新之后,当日本在下决心是否采用西方文明时,日本人就完全树立了以劳动为唯一价值的一元价值观。

这是因为,日本人判断日本或者东方文明无论如何比不上欧洲文明,他们还洞察到,欧洲文明在拥有更强大的军事力量的同时,还拥有更高的生产力。

在这里,日本人的洞察是不错的,欧洲的科学文明,是一种通过技术提高生产力,并将其作为文明原理的文明。

日本在欧洲诸国的军事压力下,感到自己到底无法与之匹敌,对欧洲的科学技术文明所产生的巨大生产力感到无比震惊。

引进欧洲文明,建设强大富裕的国家,这就是过去百年间日本的目标。

将自己全力倾注于这一目标的日本,从而成为一个比欧洲更加欧洲化的、创造了技术文明的国家,成为一个比欧洲诸国更加推崇技术文明价值的国家。

在欧洲,科学技术文明存在于与传统的精神文明,特别是基督教文明的协调之中。

可是在日本、美国和俄国这样技术文明被采用得较晚的国家,这样的协调并不是问题,只要是技术文明,就被急吼吼地引进。

在明治百年的文明之中,有三个价值占据着价值的宝座。

一个是勤劳。

勤劳是提高生产力不可或缺的品德。

因而,在较晚采用欧洲文明的日本,勤劳受到加倍的重视。

我认为,明治百年日本人最重要的品德,非勤劳莫属。

在小学校的校园里,建有二宫尊德的铜像,而且这座塑像表现的是背负着柴火去上学的形象。

过去许多塑像曾被日本人所尊崇,不过像这样用来表现珍惜点滴时间的塑像还不曾有过。

他分秒必争地劳动着,一点空闲也没有。

干活,干活,只有这样才能得到拯救,这样的宗教就是明治百年日本人的宗教。

二宫尊德的铜像,正是可怜可悲到极点的我们日本人的自画像。

通过勤劳的品德,我们所期待的是繁荣。

繁荣是明治百年日本人的重要目标。

因而繁荣也意味着物质的丰富。

而且对近代人来说,物质不仅仅是自然物质,还是根据许多人的意志创造出来的物质。

今天我们身边的物质几乎都不是自然的物质,我们认为有价值的物质,如电视机、电器产品、汽车,全都是根据我们的意志造出来的为我们服务的物质。

在这里,人为的东西比自然的东西更受人欢迎。

与这样的勤劳、繁荣的价值可以相提并论的,对近代人来说,伟大的价值在于进步。

这个世界正逐渐朝好的方向发展,物质变得丰富了,人的智慧日益增进,在这

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